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萩観光

藍場川

清流阿武川が橋本川と松本川とに分岐する三角州の突端にあたる一帯を川島と呼び、下級武士が住んでいた所です。ここを起点に三角州内を2.6kmにわたって縫うように流れる藍場川は、もともと農業用水、家庭用水や防火用水として利用されていたものを、延享元年(1744)6代藩主毛利宗広により川舟が通れるように開削され、薪や炭などの物資の運搬に利用されました。大溝と呼ばれていましたが、川端に藩営の藍場ができ、そのため川が藍色に染まり、いつの間にか藍場川と呼ばれるようになったといわれています。今でもハトバと呼ばれる洗い場や川舟が通りやすいように中央を高くした石橋などに昔の面影が偲ばれ、城下町の生活の情緒を伝え残す数少ないところで、川沿いは歴史的景観保存地区に指定されています。